2月になり、大学内は入学試験に向けての準備が進みつつあります。受験生の皆さんも本番に向けてのラストスパートに入っているところでしょうか。広報担当です。

遅くなりましたが、先月19日に運行した団体臨時列車「西北の杜・三田の山号」の様子をご紹介します。当列車は、早稲田大学鉄道研究会と慶應義塾大学鉄道研究会、またこれら2団体のOB会の方を招いて運行しました。

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(485系「宴」、新宿駅停車中に当会会員が撮影)

使用車両はJR東日本のジョイフルトレインである、485系「宴」です。紫一色の車体に細い金の帯、大きく回り込んだ正面窓など、一般的な車両にはない独特の外観が特徴です。

こちらの「宴」はいわゆる「お座敷列車」の一種であり、車内には掘りごたつが設置されています。両先頭車には前面展望が楽しめるスペースが設けられているほか、一部の車両にはソファーが設置されています。

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(新宿駅10番線の様子。電光掲示板にはなかなか見られない「団体」の表示も。当会会員撮影)

貸切列車の始発駅は新宿駅でした。新宿駅からは中央快速線を走ります。出発後すぐにお弁当が配布されました。

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お弁当の入れ物には特製のラッピングが張り付けられていました。「宴」の写真の両隣のイラストは、早慶両校の講堂です。

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お弁当の中身はこのような感じでした。筆者は、団体臨時列車にこの前にもほんの数回ほど乗車する機会があったのですが、乗車するたびに車内で食べるお弁当がどのようなものなのか楽しみにしています。今回のお弁当、見た目も鮮やかでかつ、味もよかったですね。

高円寺

(高円寺駅を通過する485系「宴」、当会会員撮影)

(東小金井駅を通過するE353系。車内より当会会員撮影)

列車は東小金井駅に停車しました。東小金井駅では特急列車の通過待ちなどを行いました。通過していった特急列車はE353系でした。「スーパーあずさ」の全列車と「あずさ」「かいじ}の一部列車がすでにE353系にて運行されており、3月のダイヤ改正にて、中央東線の特急列車は臨時列車を除きすべてE353系に統一されるということもすでに発表されています。「スーパーあずさ」の列車名も「あずさ」に統合される形で消滅するほか、中央東線の特急列車が全車指定席となるなど、運行形態も大きく変わるようです。

(日野駅を通過する485系「宴」。当会会員撮影)

列車は豊田駅まで走って折り返したのち、立川駅から南武線に、府中本町駅からは武蔵野貨物線と東海道貨物線を経由し、途中で運転停車をしつつ小田原駅まで向かいました。府中本町からの武蔵野貨物線は、基本的には営業列車が通らない路線であり、そのような簡単には行くことができない路線を通過する貴重な経験ができました。

(南武線西府駅を通過する「宴」。当会会員撮影)

(東海道線鴨宮駅を通過する「宴」。当会会員撮影)

(車内の様子。当会会員撮影)

車内の様子です。各自思い思いの過ごし方をしつつ、なかなか乗ることができないお座敷列車を楽しんでいました。車内にはカラオケもあり、一部の参加者が歌を披露するような一幕もありました。


(小田原駅停車中の「宴」)

東海道貨物線を西に進んだ列車は、小田原駅に到着しました。わずかな停車時間ではありましたが、各参加者は記念撮影などをしていました。列車は小田原で折り返し、東海道貨物線を東に進み始めます。

(小田原を出て東に進む「宴」の後方展望。当会会員撮影)

列車は来た道を戻り、大船駅で方向転換をし、横須賀線で逗子まで行きました。

(逗子駅に侵入する「宴」。当会会員撮影)

逗子駅では、横須賀線の列車とも並びました。横須賀線を走るE217系も、E235系に置き換えられて数年後には横須賀線や総武快速線から撤退するようですね。

(本郷台駅停車中の「宴」の後方展望。当会会員撮影)

逗子で折り返して大船に戻り、大船からは根岸線に入りました。根岸線の本郷台駅にて、根岸線の各駅停車を退避しました。各駅停車に追い抜かれるということ、普通の列車ならまずないことですからね。

列車は桜木町付近まで根岸線を進み、高島線に入り横浜のみなとみらいの夜景を見ながら終点へと走ります。品鶴線へと移り北上し、終点の品川駅へと到着しました。

(品川駅にて撮影された「宴」。当会会員撮影)

昼頃に新宿駅を発車した貸切列車は、6時間以上かけて品川駅に到着しました。外はすっかり暗くなっていました。品川駅で下車後、参加者は改札外にて解散しました。

今回の貸切列車は、普段通ることができない貨物線を通ることができたということだけではなく、早慶両校の鉄道研究会間、また各校の現役会員とOB会との間の親交を深められたということにおいても、とても良い企画であったと思います。この団体臨時列車を企画運営してくださったすべての方に、大変遅くなりましたが、感謝を申し上げつつ、この記事を締めたいと思います。ありがとうございました。

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