電車に乗るとき、線路の配線がどのようになっているか気にしたことはありますか? ここでは小田急線のターミナルである新宿駅の線路配線とその使われ方を見ていきます。難しい言葉はあまり使わず、図を使ってわかりやすく解説しています。鉄道に詳しくない方もぜひお付き合いいただければと思います。もし途中で疲れちゃったら最後の【おまけ】だけでもぜひご覧ください。

小田急線新宿駅2番線に”右から”進入する快速急行

平日には多くの通勤客が利用する小田急線の起点である新宿駅では、朝のラッシュピーク時には10分間に4本の列車が発車し、また4本の列車が到着します。終端駅では、到着と発車が同時に行えないとすると10分に3本だって走らせるのはほぼ不可能です。ではなぜ小田急線はこの頻度で列車を運行できるのでしょうか?


小田急線新宿駅の配線図

小田急線の新宿駅はこのような線路配線となっています。乗客への案内ではホームの番号(1~10番ホーム)が用いられていますが、ここでは説明に便利な線路の番号(1~5番線)を使用します。最大の特徴は2層に分かれている点です。地上ホームからは特急ロマンスカーや快速急行、急行が、地下ホームからは各駅停車が発車します。この構造のおかげで、発車する列車と到着する列車の一方が地上、他方が地下という組み合わせならば、同時に走行することができます。これにより高い列車頻度を実現しているわけです。

さらに地上部分に着目します。

京王新宿駅の配線図

これは京王線の新宿駅です。小田急線新宿駅の地上部分と似た構造ですが、2番線と3番線を結ぶ線路がないという違いがあります。その線路がなくても全ての線路に出入りすることは可能です。ただし、この構造で発車と到着を同時に行える組合せは、1または2番線からの発車と3番線への進入という2通りに限られます。
一方、小田急線の新宿駅地上ではそれに加えて、2または3番線への進入と1番線の発車も同時に行うことができます。このように中ほどの線路が両隣の線路につながった配線は、西武新宿駅など他のターミナル駅にもみられるもので、高い列車頻度を実現するための工夫の一つです。

いよいよここから、この記事のタイトルにした「秒へのこだわり」を紹介します。

2通りある2番線への進入経路

小田急線新宿駅の配線を見ると、2番線への進入経路が2通りあります。1番線からの発車を同時に行えることを考えれば、上図左側のような3番線側(左)からの経路が便利なのは言うまでもありません。しかし、実は上図右側のように、図5右の経路で1番線側(右)から2番線に入る列車が存在します。同じ時刻に1番線から発車する列車がなければ困ることはありませんが、わざわざこの経路をとる必要もありません。また、終盤でも述べますが、1つ多く経路を使用するために信号等の設備がより複雑である必要があります。ではなぜこのような奇妙な動きをする列車があるのでしょうか?

実際に新宿駅で観察してみると、右から2番線に入る列車の到着後には3番線から下り列車が出発することに気づきます。

左から2番線に進入する場合の3番線出発進路開通に必要な条件

2番線への到着列車が左から進入する場合、その後に3番線から発車する列車の進路を確保するには、到着列車の最後部が上図の赤太線部分に収まる必要があります。それよりも早く3番線からの発車を許してしまうと列車同士が衝突してしまうからです。

右から2番線に進入する場合の3番線出発進路開通に必要な条件

一方、到着列車が右から進入したらどうでしょう? 左からのときより赤太線が伸び、より早く3番線から発車する列車の進路を確保できます。実際、進入時の速度が30km/h程度と低いうえに、線路の終端に接近するため早めに減速してゆっくり進入するので、この経路の違いによって3番線の進路の開通が10秒程度早まります。ダイヤ通りに列車が動いていれば左からの進入でも基本的に差し支えないのですが、通勤ラッシュ時間帯を中心に、遮断機が下りた踏切への歩行者の侵入や混雑などにより数十秒から数分の列車の遅れが生じることもあります。そんな時にこの10秒が効いてくるわけです。

2番線に到着する列車に進入経路を示す新宿駅の地上第3場内信号機

ダイヤが大きく乱れなければ、ポイントの切り替えは自動で行われます。つまり2通りある経路を使い分けるには1つ多くポイントの切り替え方をプログラムしておいたり、列車の位置を常に把握するための設備もその走行経路に対応させておいたりする必要があります。また、電車の運転士はポイントが正しく切り替わっていることを確かめながら列車を進めますが、そのためには小田急線新宿駅2番線に入る経路がどちらなのか運転士が把握しなくてはなりません。そこで小田急線新宿駅の第3場内信号機(地上)には、1~3番線それぞれへの進入可否を表す信号機の下に四角形の特別なモニタが設置されています。これは2番線に進入する列車に対して経路を矢印で知らせるための設備です。遅れが生じたときに10秒の差を生むために、ダイヤ通りに列車を走らせるために決して必要ではない機能をわざわざ備えている点に、小田急電鉄の強いこだわりが感じられます。

なお、2番線からの発車にも2通りの経路がありますが、これは3番線側から出てもメリットがないので1番線側の経路しか使用されません。
右から入る列車の写真を撮影するために2020年9月~10月の平日に取材をした結果、新宿駅2番線に7:50, 8:01, 8:10, 8:20, 9:08, 12:28に到着する上り快速急行が右から進入するのが見られました(他にもあると思われます)。新型コロナウイルスの影響で乗客が少し減り、右からの進入が効果を発揮するほど電車が遅れることも珍しくなってはいますが、もし機会があれば右から進入する様子だけでも観察して、その面白さを感じていただけたらと思います。また、他にもいろいろな路線のいろいろな駅で、線路配線とその使われ方に注目して、面白い発見をして鉄道を利用するひと時を楽しんでほしいです。

【追記】
この項目を除くすべてを書き終えてから、別の理由で”右から進入”する列車を見つけてしまいました。それは平日18:26着の急行です。この列車が到着する時点で、次に地上ホームから発車するのは、3番線ではなく1番線を18:30に発車する特急で、3番線には列車がいません。ではなぜ1番線の進路を塞いでしまう経路をわざわざ走行するのでしょうか? 実はこの急行の直後には快速急行が迫っていて、それが3番線に入線します。

3番線へ”進入する”経路(黄緑)を確保するために2番線に入る列車が満たす必要のある条件

黄緑の線で示した、3番線に”進入する”列車の進路を確保するために、直前に2番線に進入する列車が満たすべき条件を先ほどと同様に考えると、確かに右から進入することでより早く最後部が赤太線に収まり、3番線への進入経路を空けられることがわかります。さらに、1番線から特急が発車する時刻までは3分程度の余裕があり、それ以上の遅れが生じる大きなトラブルがなければ邪魔にはなりません。そうなれば、後に続く列車が少しでもスムーズに新宿駅に到着できるように右から進入させるというのも納得できます。

【おまけ】
この記事の公開に合わせて、新宿駅9:08着の列車が2番線に右から入る様子を先頭車両で撮影した動画を、早稲田大学鉄道研究会のTwitter(@wasedarail)にアップしているので、ぜひご覧ください。この動画では、①地下から出発する電車とすれ違っている、②第3場内信号機において右の経路が示されている、③本当に右から進入している、④ホームに入ると線路上に設置された30,20,10,5(km/h)の標識に合わせて早めに減速している、という本記事で解説している内容を確認できます。


当ツイート https://twitter.com/wasedarail/status/1324180352705810432?s=20

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ーけだまー

新宿駅地上ホームを出発した急行(右)と地下ホームに入っていく各駅停車

【注釈】
本記事に掲載した写真や図はすべて筆者が撮影または作成したものです。